こんにちは。
本日は先日の記事のパート2をお届けいたします!
パート1はこちらから↓↓
パート1概要
・ひとりっこの娘の「ごめんなさい」が軽すぎる問題
・人形を妹に見立てて、姉妹関係を構築
・人形に怪我をさせてへらへらしている娘を、ママ・人形で結託し糾弾
・なぜ「ごめんなさい」なのか、本質を感じさせるために一芝居
・娘の胸に響いた手ごたえに、ママほっくほく
めでたしめでたし。
……ということで、
「パート1で丸く収まったんじゃ?」と
見せかけたところで、
パート2スタートします\(^o^)/
お風呂の一芝居から数日後
その後ふつうに、何の事件もなくしばらく過ごしていました。
先日のお風呂の一件も、そのうちブログにでも書こうかなと思った程度。優先度も低めな感じで、徐々に忘れて風化してもおかしくないくらいの、些細な出来事になりかけていました。
でも日常の中で何かしら小さなトラブルっておきますよね。
そんな、何気ない小さなトラブルがきっかけでした。
家事をしていたわたし。
振り向きざまの足元に「コツン」と娘の頭がぶつかってしまいました。
「痛い!」と、今にも泣き出しそうな娘。
わたしはつい、

えー……そんな痛かったかな?
……あと何で毎度足元に来ちゃうんだろう
と思ってしまいました。
時刻は朝。もうすぐ保育園に出発しないといけない。気持ちが急いていました。
それでも、やっぱり口では言いますよ。

ごめんね、大丈夫だった?
娘が何だかもの言いたげな目をしている
わたしが「ごめんね」と言っても、娘は無言。
なんなら、あれ、ちょっと睨んでない?と思うくらいの眼差し。
痛かった部分を抑えて、じーっとわたしを見つめています。

もう保育園に出発しないといけないんだけどなあ。
不機嫌になっちゃったよ……。
急いで欲しいんだけどな。
そんなことを思いながら、口では「ごめんね」と再び伝えてみます。もちろん、口調も優しくですよ。
娘は何も言いません。
わたしは時間無いんだよなぁと内心焦っていました。
そんな風に、しばし娘と向かい合うこと数秒。
- 天 啓 -
突如、先日のお風呂のやり取りがわたしの脳内に流れ込んできたのです。

ねえ、娘ちゃんが、レミンちゃんを泣かせちゃったんだよね。痛くさせちゃったんだよね

娘ちゃんがレミンちゃんを痛くしたのに、娘ちゃんだけが楽しく遊んでたら、レミンちゃんは悲しいし悔しいんじゃないかな

本当はレミンちゃんだって楽しく遊びたかったのに

レミンちゃんが楽しく遊べるはずだった時間は、娘ちゃんが痛くしたから無くなったの
「悪いことしたら、ごめんなさいだよね。だけど言って終わりじゃないんだよ」
「レミンちゃんが痛くなくなるまで、側にいて。遊びにいかないで」
あばばばばばばばば
気付いた瞬間、わたしは娘の前にひざまずいていました。
ひざまずいて、娘の手を取って、本当に心から

ごめんね、
痛かったよね?大丈夫だった?
どこが痛かった?
と声を掛けることが出来たのです。
そうして初めて、娘は「ここが痛かったの」と教えてくれました。
見抜いていた。
間違いなく、娘はわたしの心のこもっていない「ごめんね」を見抜いていたのです。
今までの自分を振り返ってみた
思い返せば、今までわたしは娘に、心から、真摯に、謝罪をしたことがあったのでしょうか。
本当に明らかなわたしの不注意で、娘にものすごく痛い思いや辛い思いをさせてしまった時は心から謝っていました。確かに謝っていました。それは間違いないです。
じゃあ、日常の、今回のようなほんの些細なトラブルではどうだったでしょうか?
……間違いありません。
わたしは心からなんて謝っていませんでした。
なんなら、あー泣いちゃったとか思っていました。他のことを考えていることもありました。早く泣き止んで欲しいと思っている時もありました。
家事に戻らせてよ、とか、自分本位の感情で口だけの謝罪をしていることがしばしばありました。
~ 甦るパート1冒頭の自分のセリフ ~

我が娘、なんだか「ごめんなさい」を言えば
それで良いと思っていそうなのです。
お前じゃい。
急遽、胸が痛む言葉TOP2に躍り出た「子育ては自分も育てる」「親の背を見て子は育つ」
「子育てすることは自分も育てるということ」だなんてうまいこと言う人がいるものですよね。
貫かれましたよ。見事に。
自分が子どもに投げつけた「教育」という名のブーメランに。
「親の背中を見て子は育つ」これも何ともうまいこと言いますよね。
……胸が痛い。
晴れやかな気持ちでドヤっていた自分を思い出して恥ずかしい……。
子どもに直して欲しいことって、実は自分が直すべきところなのかも
今回の出来事で痛感しました。
娘は普段のわたしをお手本にして成長しているのだと。
わたしが娘に対して気になったこと、注意したいと感じたこと。
それを「親らしく」正当性を持って「教育」したところで、親の自分ができていなければ娘だって反抗するに決まっています。
娘に注意する前に、わたしは自分で立ち止まって考えなければいけないのだと思います。
言葉遣い、態度、仕草。
「娘は親のマネをしているだけではないだろうか」と。
それでも「ダメなものはダメ」と言わなければいけない
ただ、いくら自分が出来ていなからといって「自分が出来ていないから、子どもにも言う権利ないよね」ということにはなりません。
親なのです。
自分が出来ていなかろうが、言うしかないのです。
「ダメなものはダメ」だと。親だから。
つら……。
ごめんね、娘。反抗期になったらわたしに遠慮なく「クソババア」って言っていいよ。(嘘)
多分、今後もこうして自己矛盾を抱えながら、わたしは子どもに親らしく道理を説いていくのでしょうね。
ということで、【謝るのが苦手な娘】ごめんなさい訓練
前後編になりましたが、パート2「もしかして私のせいだったかも」は以上となります。
ここまで読んで頂きありがとうございました!
生きてりゃ矛盾もある!ってことで気楽にやっていきましょう!
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